【対談】村松 渓歩 バリトンサクソフォーンとピアノのための「ソナタ」について

【対談】村松 渓歩 バリトンサクソフォーンとピアノのための「ソナタ」について

文責:前田直哉


(この文書はこちらのnoteにも掲載しておりますが、それ以外の転載を認めていません。引用の際はご連絡ください。)

はじめに

低音楽器、と聞くと少し地味に感じるかもしれません。ただ、旋律を演奏することが比較的少ないバリトンサクソフォンを、近年ソロ楽器として解釈するのが時代の潮流。2022年11月東京・新大久保にて、村松渓歩氏作曲の『バリトンサクソフォーンとピアノのための「ソナタ」』をデュオリサイタルにて演奏しました。

特設サイトはこちら→

バリトンサクソフォンのためにソロ作品を書くことになった経緯や、作曲家自らもサクソフォンを演奏し学んできたその過程など、知ってから聴くと面白いよもや話を直接作曲家に伺ってきました。

 

音楽好きな子が音楽大学に進むまで

音楽の入口に立ったのは、ピアノを始めた3歳でした。ピアノの他、中学校、高校と吹奏楽部に入り、吹奏楽のオリジナル作品や管楽器のソロ作品をよく聴き、高校では吹奏楽部で編曲を頼まれる機会に恵まれ、サクソフォン専攻で入学した大学では、作曲のレッスンを受講しながらたくさんの作・編曲経験を積んできました。

 

作曲への関心が高まった独学の過程

最初は独学そのもので始め、ピアノを触って鍵盤をいじりながら、テレビから聴こえてきた音楽などを耳コピしていたのを覚えています。家で好きなように和声を並べては旋律を創りゆく時間がとても好きでした。小学生になると歌モノをつくってみて同級生に聴かせてみると、よく褒めてくれて嬉しかったのが印象深いです。その後は、演奏する楽曲のスコアを眺めては、パソコンの楽譜ソフトで打ち込み、その構造やオーケストレーションを学んできました。そうした学びを続け、親しんできた吹奏楽がそれまでの経験を後押しするかのように、さらに作曲への関心を高めていきました。

高校では多くの楽曲との出会いがありました。クラシック作品からジャズまで広く関心を持つようになり、楽譜制作ソフトをいじりながら作曲っぽいことができるようになったのもこの頃。故に、体系的に和声やソルフェージュを学んだのは音楽大学に入った後でしたが、音大在学中は作曲とサクソフォンのレッスンの両面から学ぶことで、レッスンで扱う管楽器のレパートリーを手始めに、ピアノや弦楽器、オーケストラ作品など深く触れてこなかった編成と関わる機会も増やすことができ、音楽と真剣に向き合えた時間になりました。

そうして、音大在学中は作曲とサクソフォンのレッスンの両面から、音楽と真剣に向き合えた時間になりました。演奏を主に学んできたこともあり、はじめから決して作曲家になることが目標ではありませんでした。目指すと断言出来る自信もありませんでした。しかし、演奏の現場には、現場ごとに必要とされる音楽があります。バリトンサクソフォンのように、未だ主流でなく作品が多くない分野に焦点を当てることで、これまで私を育ててくれた音楽に恩返しができるのではないかと考えるようになりました。演奏者としての経験と、これまで作曲に関心を持ってきた過去を活かして今に至ります。

 

私は根っからのテレビっ子!

作風に影響を与えたのは吹奏楽。海外の作曲家では、P.スパークやC.Tスミスなどの輝かしい作風に、邦人では天野正道先生や酒井格先生など、吹奏楽っ子が耳にする作曲家の作品に大きく感銘を受けてきました。

大学進学後は、サクソフォンのオリジナル作品をたくさん聴き、たくさん練習しました。特に、A.デザンクロがお気に入り。J.プッチーニ、C.ドビュッシー、B.バルトークの作品にも親しんできました。

私は根っからのテレビっ子です。テレビ作品や映画作品をたくさん観て育ちました。好きな作品だからこそ、自然に音楽も自然と影響を受けました。とにかく皆が知っているものは私も知っていたいという気持ちが強かったため、友人に勧められた作品には強く影響を受けました。アニメも好きで、流行しているアニメは大体観ているほど。その中でも特にアニメ「エヴァンゲリオンシリーズ」の音楽を担当された鷺巣詩郎氏の影響は大きいです。

ちなみに、私は日本と外国の血が入っているのですが、文化に触れてこなかったため外国のルーツからの影響は、ほぼありません。最初は音楽を創る時にフィーリングから入っていました。専門的に学ぶ過程で多少は理論的に考えられるようになった部分もありますが、小さい頃から触れてきた音楽の良いところをマネして楽譜におこしているだけなのかもしれません。

 

サクソフォンはジャズだけじゃない!

クラシックの世界には吹奏楽を通じて関わりはじめました。音楽大学在学中はオーケストラからオペラ、バレエなど様々な芸術に触れる中で、クラシック音楽の歴史の長さと、そこに関わってきた多くの人々を知ることで惹かれていきました。その中でも個人的にクラシックサクソフォンの世界は非常に魅力的であると考えます。私自信、音楽を専門的に学んでいない友人や初対面の方に「サクソフォンを演奏しています。」と伝えると「ジャズ?」と言われることが多く、広く大衆には「サクソフォン=ジャズ」という認識が広がっていることを感じます。これは多くのサクソフォニストに共感していただけるのではないでしょうか。確かに一般的にクラシックサクソフォンの演奏会が身近な存在とはいえないと思います。

 

クラシックサクソフォン先進国、日本?

サクソフォンで演奏されるクラシック作品は、比較的新しい管楽器であるサクソフォンだからこそ、作曲技法が非常に興味深く、可能性に満ちていると考えます。近年、バロック時代の作品やオーケストラ編成の交響曲をサクソフォンのみで演奏する機会が増えたことをきっかけに、その響きの美しさと楽器の魅力を知って欲しいと強く願います。また、コンチェルトやソロの作品において、今も尚素晴らしいオリジナルレパートリーが主にアルトサクソフォンのために作曲し続けられています。技巧的にも音楽的にもそれまでの音楽史の影響を受けた、充実度の高い非常に多くの作品の中から選ぶことができることもサクソフォンの魅力であると考えます。

 

ソロ楽器としての可能性を考える
ー作曲者としてバリトンサクソフォン

低音を奏でる管楽器の仲間は多く存在する中でも、バリトンサクソフォンは圧倒的な存在感と機動力が最大の武器。繊細さと大胆さを兼ね備える、非常に多彩な魅力をもった楽器であると考えます。実際に演奏を聴くと、想像よりも何倍もの演奏効果を秘めています。

サクソフォンですから細かな旋律も演奏可能で、音域が広いです。何よりも私は音色が魅力的であると考えます。よくチェロに似ていると言われることもありますが、管楽器だからこその力強い低音と、弱奏時の高音は唯一無二の優しく甘い音色が非常に魅力的だと考えます。何よりも音量の幅が非常にありますから、ソロの演奏に対して大きなホールでも耐えうる楽器です。チェロやファゴットといったこれまで中低音のソロの主役となってきた楽器とは迫力が決定的な差になると考えます。

さらにバリトンサクソフォンには、他のサクソフォンには無いLow Cというキーが唯一ついています。生演奏で鳴り響く最低音は、空間そのものを揺らし、耳だけでなく身体で楽器の響きを楽しむことができるでしょう。機動力と存在感、そして美しく繊細なこの楽器はどう扱ったとしても、聴衆の期待に応えてくれます。まずはこれらを活かせる楽曲が増え、クラシックにおけるスタンダードな楽器となっていくことも十分に期待したいと思います。

 

なぜバリトンサクソフォンのためにソロ作品を描いたのか?

バリトンサクソフォンはソロレパートリーが非常に少ない現状にあります。これは、私自身が音楽大学で学ぶ中で実感してきました。最近ではバリトンサクソフォンのソロ楽器としての可能性を知っていただく機会が増えています。バリトンサクソフォンだけをとりあげたリサイタルなども多く行われるようになりました。しかし、チェロやファゴットを始めとした他の管楽器のレパートリーや、委嘱作品を取り上げられることが多く、オリジナル作品が新たにスタンダードレパートリーとして浸透していく印象がありませんでした。アルトサクソフォンのようにその楽器のために作曲され、技術的指標であったり、誰もが取り組みたくなるような愛される作品になることを願って、今作はソナタと名付けました。

私はバリトンサクソフォンで演奏されることを前提として作曲することに意味があると考えます。この楽器だから演奏できるパッセージ、音域などの楽曲構造を意味をもって配置することでバリトンサクソフォン奏者の皆様が胸を張って演奏のステージに立てることを願っております。バリトンサクソフォンでソロステージに立つことが珍しく無くなるような世界になることで、より多くの人々にこの楽器のクラシック音楽でしか出せない魅力そのものが伝わると信じています。

 

作曲家自身が語るこの作品の魅力とは

全ての楽章が異なる3拍子、かつソナタ形式を含む3楽章構成になっています。全楽章を通して息の長いフレーズが続きます。ジャズのエッセンスを感じながらも、限定されたモチーフから展開されるバリトンサクソフォンとピアノのクラシック作品として楽しんでいただければ幸いです。

1楽章ではバリトンサクソフォンにおいて比較的高い音域を使ってテーマが奏され、中盤の大きなカデンツァが特徴となっています。登場する2つのテーマは皆様にも覚えていただきやすいのではないでしょうか。この楽章ではサクソフォンとピアノによるパートナーとしてのアンサンブル、また、リズムパターンや技巧的なモチーフを通じてバリトンサクソフォンの機動力を体感していただければと思います。

2楽章は緩徐楽章で叙情的な性格を持ちつつも、低音とフラジオ音域を特集することでアグレッシブな楽章となりました。ここはピアニストも腕の見せどころです。ぜひ皆様だけの情景を思い浮かべながら聴いていただければと思います。

3楽章はそれまでの音楽とは全く違う明るい音楽となります。ぜひ皆様もサーカスを見ているような、楽しい中にも終わるまでの緊張感を持って、最後まで駆け抜けていただければと思います。

 

フラジオ、連符…
難しさと葛藤と感動と

演奏者としては、作曲家に対して「なんでこんなに難しい曲をつくるんだ!」と思うことがしばしばあります。私も実際に言われることもありました。(笑)楽譜を作った身としては恐縮な一方、難題をクリアしてすばらしい演奏をしている演奏家の方を見ると胸が熱くなります。また、演奏者としては、難しいパッセージや音楽を理解する過程や、それを吹きこなす経験が自分の成果や自信となって次に繋がることは間違いありません。

音楽にとって、双方が良いパートナーであり、演奏家は楽譜のその先の作曲家と音楽をすることが大切になってきます。多くの先生方はこれらを当たり前にこなしているかと思われますが、両方の役割を経験する過程で、私自身若輩者でありましたので改めて実感しております。

 

サクソフォンだけでない、濃密なピアノパート

この曲はピアノにとっても難易度が大変高い作品となってしまいました。大学の同期であるピアニストの鈴木菜々子さんに助言をいただきながら作曲し、録音にも参加して下さいました。

この曲はあくまでもバリトンサクソフォンとピアノの2つの楽器によるアンサンブル作品というイメージでしたので、伴奏という役割だけでなくひとつのソロパートとして捉えています。ピアノも技術的にはとても難しく、お叱りを受けないかドキドキしておりますが…2楽章ではピアノにしか登場しないモチーフがあるなど、その特性を十分に楽しんでいただけると思います。ピアニストにもピアノソロのつもりで演奏していただければ幸いです。

 

これからの活動は?

第31回TIAA全日本作曲家コンクールにおいて、この作品を提出し審査員賞を受賞しました。非常に嬉しく思います。さらに、バリトンサクソフォンのソロ作品がこのような評価を頂くことができた事実に意味があると考えます。まだまだ力不足ではありますが、より充実度の高い作品を生み出していきたいと思えたきっかけとなりました。

まず、バリトンサクソフォンのレパートリーを増やしていきたいです。もう少し若い学生でも吹きこなせてかつよく鳴るソロ作品や、反対に楽器の可能性と技術の頂点を拡充していくべく、協奏曲の作曲も考えております。私としてはそうした活動をきっかけに、バリトンサクソフォンのレパートリーが増えてくれたら嬉しい限りです。その他には、時代の需要に応えた特殊な編成でのアンサンブル作品やその他のサクソフォン、吹奏楽などの作品を発表できればと思います。

 

作品を楽しまれる皆様へ

この曲をきっかけにバリトンサクソフォン、そしてその奏者が持つ可能性を少しでも知っていただければと考えております。改めて、リサイタルに取り上げていただいた大橋さん、前田さんには感謝申し上げます。

 

インタビュー: 2022年07月26日

記事制作:2023年3月17日

最終更新日:2023年3月17日

サイト責任者:大橋奈菜

 

 

 

プロフィール

語り手:村松渓歩

群馬県前橋市出身。群馬県立前橋東高等学校、昭和音楽大学サクソフォーン専攻卒業。15歳よりサクソフォーンと作曲を始める。中学・高校での吹奏楽部での活動をきっかけに音楽活動をスタート。大学時代よりサクソフォーンによるコンサートや東京や神奈川の中学校を中心に部活動指導を行う。また、演奏会の企画や作曲・編曲活動なども精力的に行っている。これまでにサクソフォーンを斎藤尚久氏と福本信太郎、作曲を後藤洋氏に師事。第31回TIAA全日本作曲家コンクールにおいて審査員賞を受賞。(1、2位なし)。

 

聞き手:前田直哉

鹿児島県出身。第17回日本ジュニア管打楽器コンクール銀賞受賞。第23回日本クラシック音楽コンクール1位なしの2位。第22回KOBE国際音楽コンクール優秀賞を受賞。アジアユースオーケストラ2018にて、世界11都市を巡るツアーに参加。これまでにサクソフォンを土田まゆみ、有村純親、國末貞仁、須川展也、本堂誠の各氏に師事。現在、島村楽器新宿PePe店サックスサロンインストラクターとして指導を行いながら東京を中心に演奏活動を行うほか、韓国・KBS交響楽団公式YouTubeチャンネルなどにて韓国語翻訳・通訳を務める。東京サクソフォーンオーケストラメンバー。